「国産米離れ」で壊れる日本の食文化──農家が本音で語る現実と危機感

「食」と「農」を支える現場から見た“国産米離れ”の波 〜いちご農家のぼやきと覚悟〜

最近のニュースを見ていて、胸がざわつきました。外食産業での国産米離れ、そして輸入米へのシフトが加速しているという報道です。平均価格が5kgで4,220円を超え、16週連続の値上がり。松屋やリンガーハットといった大手外食チェーンがアメリカ産米「カルローズ」への切り替えや混合使用を進めているというのです。

農家として、いちごを作っている私に直接関係ない話のように聞こえるかもしれません。しかし、同じ「食」を支える現場に立つ者として、これは他人事ではありません。


目次

●「安くていいもの」しか選ばれなくなる現実

私たち農家は、天候や病害虫、流通の遅れやコスト高騰と、常に様々なリスクと向き合っています。ここ数年の資材費の上昇、燃料費の高騰は、いちご農家にも大打撃です。なのに、スーパーや直売所のお客さんは「これ、ちょっと高くない?」と一言。

正直言って、気持ちはわかります。生活費が上がり、電気代もガス代も高い中、食費を削りたい気持ちも当然です。だから「安くて、まあまあおいしい」輸入米が注目されるのは自然な流れだとも思います。

でも、果たしてそれで本当にいいのでしょうか。


●コストで切り捨てられる「日本の食文化」

米は日本人の主食であり、文化です。私たちの食卓を、地域を、家族を支えてきた存在です。けれど、現状を見ると「コストが合わないから国産米は切り捨て」なんて判断が、企業レベルで平然と行われている。

その背景には、農業に関わる人間が減っていること、農業を支える制度や支援が現場に届いていないこと、そもそも「日本の農を守る」という意志が国にも企業にも薄くなっていることがあるように思います。

まるで、「日本の農業は、もう守る価値がない」と言われているような気がして、胸が痛みます。


●いちご農家だって、他人事じゃない

「でも、いちごは関係ないでしょ?」そう思う人も多いでしょう。でもね、米が売れなくなるということは、“農”全体の価値が下がっていくということでもあるんです。

例えば、観光農園としていちご狩りに来てくれるお客さんの多くが「安心・安全な国産のものを子どもに食べさせたい」と言って来てくれます。だけど、国産米がこんなふうに軽く扱われ、価格だけで評価されるようになると、「国産だから良い」という価値観そのものが揺らいでしまう。

それは、やがて私たちのいちごにも影響します。


●「農家の自助努力」だけではもう限界

「農家も企業努力すべき」「もっと安く作れる工夫を」――そんな意見もよく耳にします。確かに、その通りです。私も農薬の使い方を見直し、太陽光ハウスを導入し、少しでもコストを下げる努力をしています。

でも、それにも限界がある。自然を相手にしている以上、毎年収穫量が一定になる保証なんてありませんし、そもそも日本の気候に適した栽培方法と収穫サイクルがあるのです。

「アメリカみたいに大量に安く作れるようにしろ」と言われても、それは土台無理な話なんです。


●農家を「無力」にする政治と制度

報道では「政府も輸入米拡大を検討」とありました。正直、がっかりしました。なぜそこで、国産米をどう守るかという視点に立てないのでしょうか。

私たちが求めているのは、過保護な支援ではありません。せめて、価格の乱高下を防ぐための調整策や、販路支援、燃料費補助など、「自立できる農業」のための支援です。

それなのに「JAと農水省が結託して価格を釣り上げている」なんて誤解も広がり、農家全体への信頼も薄れていく。農業に誇りを持って働いている人間にとって、これほどつらいことはありません。


●私たちの手で「選ぶ」しかない

でも、愚痴ばかり言っていても始まりません。私たち一人ひとりが、「どんな食べ物を食べたいのか」「どんな農業を守りたいのか」を真剣に考えて、日々の買い物で意思表示をするしかないのです。

たとえ少し高くても、「国産の米」「地域の野菜」「近くの農家が作ったいちご」を買う。これが、いま私たちができる最も力強い行動です。


●子どもたちに何を残すか

今のままでは、農業は「食べていけない」「報われない」職業になってしまう。そんな未来を子どもたちに残したくはありません。

日本の米が、いちごが、そして農業そのものが「誇れる仕事」であるために、農家である私自身も踏ん張らなければと思います。

最後に

食べものは、生きることの基本です。
お腹を満たすだけでなく、心をあたため、家族の会話を生み出し、地域の文化を形作ってきました。
そして、それを日々の暮らしの中で支えているのが、私たち農家です。

だけど今、その「当たり前」が当たり前ではなくなりつつあります。
価格ばかりが評価され、「どこで、誰が、どんな想いで作ったか」が置き去りにされていく中で、農家としての誇りや希望が少しずつ削られていくのを、現場で実感しています。

米だけではありません。いちごも、野菜も、果物も、同じ土の上で育てられています。
国産米の問題は、私たち農家全体への警鐘でもあるのです。

食べものの向こう側には、作り手の暮らしがあります。
ひと粒の米にも、ひとつのいちごにも、たくさんの汗と想いと、時には苦悩や葛藤が詰まっています。
それを無視して「安ければいい」という価値観が広がってしまったら、日本の農業は本当に立ち行かなくなるでしょう。

だからこそ、今、もう一度立ち止まって考えてほしいのです。
「農の価値」とは何なのか。
「私たちの暮らし」とどう繋がっているのか。

そして、あなたの次の食事が、
その選択が、
きっとどこかの農家の暮らしを支える一歩になることを、心から願っています。

🔗 参考元動画はこちら(YouTube)

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