「甘さの裏にある苦さ」―日本のいちご農家として今、伝えたいこと
こんにちは。私は埼玉県で小さないちご農園を営んでおります。春には多くのお客様がいちご狩りに訪れ、子どもたちの笑顔や、いちごを頬張る幸せそうな表情に、こちらまで心が温かくなります。
そんな日々の中、先日あるニュース番組の特集映像を拝見し、胸を締めつけられるような思いに駆られました。それは韓国で大人気となった“ソルヒャン”といういちごが、実は日本の品種「章姫」や「レッドパール」を無断で持ち出し、交配・栽培されたものであるという内容でした。
私は農家として、また一人の日本人として、強い憤りと同時に、深い悲しみを覚えました。そして今、農業に携わる者としてこの出来事について感じたことを、ここに綴りたいと思います。
「世界一のいちご」の舞台裏
まず、この話題を知ったのは、イギリスの有名シェフであるポール・ハリウッド氏が、韓国の“世界一”と評されるいちごソルヒャンを番組で使う予定だったことが発端でした。しかし、実際に韓国でソルヒャンを食べた彼は、どこか既視感のある味に戸惑い、「日本の章姫に似ている」と発言します。
その一言により空気が一変、生産者は激昂し、取材班を追い出すという異常な事態に。そして調査を進めたポール氏は、ソルヒャンが実際に日本の品種を無断で持ち出し、交配されたものであるという事実に辿り着きます。
私たち農家は、1品種を作るのに何十年という歳月を費やします。研究者と生産者が力を合わせ、土や気候と向き合い、病害に悩まされながらも“本当に美味しいいちご”を追い求めてきました。その結晶ともいえる「章姫」や「レッドパール」が、無断で国外に持ち出され、“自国開発の最高級品種”として売られていた事実は、まさに我々農家の魂を踏みにじる行為に他なりません。
苗は盗めても、技術と誇りは盗めない
いちごは苗を植えたら終わりではありません。いえ、むしろそこがスタートです。気温、湿度、害虫対策、水管理、受粉のタイミング、栽培ハウスの空気の流れまで。毎日毎日、いちごと「会話」しながら育てていくのが、いちご農家の仕事です。
そして何より、品種そのものに込められた研究者の技術、私たちが受け継いできた栽培のノウハウ、そして美味しいものを届けたいという誇りは、絶対に真似できるものではありません。
韓国で広く栽培されていたソルヒャンが、近年では炭疽病により壊滅的な被害を受けたというニュースもまた、我々には他人事ではありません。元となった「章姫」も病害に弱い品種で、日本でもそのリスクから生産を控える農家が増えていたのです。技術も管理もないままに大量栽培すれば、いつかその代償は必ずやってくる。それが自然という相手と向き合う我々の世界の常識です。
「美人姫」に込められた希望
番組の後半、ポール氏が韓国のソルヒャンではなく、日本の高級品種「美人姫」を使用するために日本を訪れたシーンには、感動を覚えました。
私自身、直接美人姫を栽培したことはありませんが、その存在はもちろん知っています。巨大で、甘く、香り高く、そして1粒5万円もするそのいちごは、まさに“果物の芸術品”とも呼ばれる逸品。開発者である奥田実喜夫氏が13年という歳月をかけて作り上げたそのいちごには、農家の誇りと執念、そして日本人のものづくりへの情熱が詰まっています。
ポール氏が「これぞ世界最高のいちご」と評したのも、ただの味覚の違いではなく、そこに込められた想いや背景をも感じ取ってくれたからこそでしょう。
いちご農家として、そして日本人として伝えたいこと
今回の一件から、私たちはいくつかの重要な教訓を得るべきだと思います。
まず1つ目は、「品種の知的財産」はもっと強く守られなければならないということ。農業の世界でも、開発には多額の費用と長年の努力がかかります。それが無断で持ち出され、利益だけ持っていかれてしまうというのは、あまりにも理不尽です。
2つ目は、「消費者に本物を届ける責任」があるということ。たとえ見た目が綺麗で、甘さがあったとしても、それだけでは“最高のいちご”とは言えません。そのいちごがどうやって作られたのか、どんな想いが込められているのか――その背景まで含めて「本物」と言えるのです。
そして3つ目に、「日本の農業には世界に誇れる価値がある」ということ。私たちは、もっと自信を持つべきだと思います。派手な演出やマーケティングは苦手かもしれません。でも、コツコツと、真摯に品質を追求してきたこの姿勢こそが、世界中の人に感動を与えるのです。
もし、この記事を読んでいるあなたが、これからスーパーや通販でいちごを手に取る機会があったなら——
ぜひ、ただ「甘そう」「安い」「見た目がきれい」という基準だけで選ぶのではなく、そのいちごの背景にも、少しだけ目を向けてみてください。
どこの産地なのか。どんな品種なのか。そして、それを育ててきた人が、どんな想いでそのいちごに向き合ってきたのか。
いちご1粒が育つまでには、途方もない手間と時間がかかります。
種をまくところから始まり、苗を育て、病気を防ぎ、毎日天気とにらめっこしながら、土と水と光のバランスを見極めていく。寒さに震えながらも早朝からハウスの温度を管理し、やっと収穫を迎える頃には、ようやくホッとできる——そんな日々の連続です。
私はこれからも、ここ埼玉の小さな農園で、正々堂々と、誇りを持っていちごを育て続けます。
誰かの真似をすることも、楽な近道に手を出すこともなく、ただ愚直に、自分の畑と向き合いながら。
泥まみれの手で、腰をかがめて何時間も畝(うね)に向かい合い、冷たい北風に吹かれても、凍える朝にハウスへ走っても。
それでも私は「うちのいちごが一番美味しい」と、胸を張って言える農家でありたいのです。
農業とは、未来を育てる仕事です。
それは見た目や値段だけで終わるものではありません。
そこには、子どもたちが「おいしい!」と笑顔になる瞬間があり、誰かの誕生日ケーキの上で輝く果実になり、疲れた心を癒す小さなご褒美になることだってあります。
いちごの甘さは、ただ糖度だけで測れるものではありません。
それを作った人の想い、時間、努力、そして誇りが詰まった甘さだからこそ、心にまで沁みるのです。
だからどうか、次にあなたがいちごを選ぶときには、そんな“物語”があることを思い出してください。
そしてもし、あなたの手に取ったいちごが、私たち日本の農家の愛情から生まれたものなら、
それはきっと、あなたの記憶の中で、いちばん甘い果実になるはずです。
🔗 参考元動画はこちら(YouTube)
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